鬼国幻想 / 市川ジュン
「鬼国幻想」
♪作者:市川ジュン
♪完結済・全2巻
♪キーワード:歴史、南北朝、悲恋
*あらすじ*
幼い時、かけがえのない時をともに過ごした三人。【千手(せんじゅ)】【緋和(ひわ)】【八雲王(やくもおう)】
しかし、それぞれ帝の寵妃、男装の女武者、叛逆の皇子となり、時代の流れが三人を引き裂いていく…。悲劇の皇子・大塔宮護良親王をめぐる史実に着想を得て、華麗なる筆致で描き出された、異説・南北朝絵巻!
*レビュー(ネタバレあり)*
南北朝時代を舞台とした漫画作品です。
”南朝の女主人”とも言われる阿野廉子(あののれんし)とその妹である緋和(※架空の人物)を中心に描かれる愛憎劇。
そして、後醍醐天皇の皇子で、悲劇の皇子と名高い護良親王(もりよししんのう)=八雲王。
主人公の緋和はその妃という設定です。
物語は大きく前後編に分かれており、
前半は動乱の中八雲王と共に戦い抜く緋和、
八雲王との恋愛、時代の流れ…
そして最愛の八雲王が惨たらしい最期を迎えるまで。
史実を元にしているので、護良親王(八雲王)がこのような最期を迎えることは最初からわかっているつもりでしたが、ここまで主人公とも思えるぐらいの視点で見てきたので、胸に来るものがあります。
死後、首を落とされたはずなのに、緋和のために体を修復した…?という表現があり、その後の緋和のモノローグで
「私にだって わかっている
それは 本当は 惨い死だったはず――」
ここがもうたまらなく胸が痛くて涙が止まりません。
今回の緋和は架空の人物ですが、実際に「雛鶴姫」という妃が親王の首級を持って逃げたというお話もあります。この辺りの描写はそこに着想を得ているのでしょうね。
緋和は、姫とはいえ男勝りな女武者、さっぱりとした性格で、非常に好感の持てる女の子です。
……だからこそ、後半の歪み様には心痛くなります。
後半は、八雲王が亡くなった後の緋和のお話。
八雲王を悲劇の皇子としてしまった足利氏をはじめ、最愛の姉さえも憎み、とにかく世を乱したい、復讐したい!
どちらの味方をするでもなく、暗躍し続ける緋和の哀しさと言ったら…。
そんな中で芽生える足利直義との恋。
歪んでしまった緋和の心の最たるものでありながら、昔の純粋な緋和でいられる関係性でもあって…
私個人的にはこの直義とのはっきりしない関係性がとても好きでした。
ただ、史実通りとなれば直義も毒を盛られて殺されてしまう訳ですから、きっと報われることがないというのもわかっていながら読み進めますが…
本当に何も報われないまま…あっさり直義は亡くなってしまいます。
世は乱れ、京は荒れすさんで、緋和の復讐は成ったかと思われます。
最後は緋和のモノローグに、八雲王の声が届き、物語は終結します。
緋和「私の現世は終ったのかー」
八雲王「そなたの現世を鬼国にしてはいけないよ」
この作品のタイトルにもなっている「鬼国」とは死者の国のこと。
復讐が成った、目的がなくなった緋和に、まだこちらにきてはいけない、いつかやってくるその日までは生きて、という八雲王の愛ですね。
重く、苦しく、救いがない物語ではありますが、
動乱の時代の中で生きた姫の、尊い愛の形が心に残る作品です。
架空の設定や人物、エピソードも混じってはいますが、概ね史実通りに物語は進みます。
愛憎劇がメインなためか、歴史物としてはさらっとしている部分もあります。
さらっとナレーションだけで流されてしまう部分も多々あるので、歴史の流れについていくにはちゃんと読まないと難しい箇所もあるかもしれません。
戦国や幕末を舞台にした作品は多いですが、この時代を取り上げる作品は中々ないですよね。
というのも、"南北朝"という名のごとく、朝廷が2つあるという異色の時代、
敵と味方があっちこっちと目まぐるしく変わることもあり、
歴史背景が複雑すぎて、作品にするには難しいというのがあるのかもしれません
…というのが、日本史ヲタクでもある私の印象。
そんな混沌とした部分も含め、愛憎劇として描いた貴重な1作品です。